コラム 交響曲と序曲の関わり

以下の文章は「プログラムの冊子に何か読み物を入れるかもしれない」と言われたため原案として書き溜めていたものです。結局文章は入れないことになりましたが、せっかく書いた内容を放置してしまうのももったいないのでここに加筆せず掲載します。


交響曲と序曲。英語ではSymphonyとOvertureと表記される。この2つが、実は同じものであったと聞くと、驚かれる方もいるのではないだろうか。
序曲とはオペラ、劇、複数の楽章をまとめた組曲において最初に演奏され、催しの開始を告げるものであった。その語源はフランス語のOuverture(開場、開始を意味する)にある。特にバロック音楽においては、ゆったりとしたリズムが急速な部分を挟む、緩急緩の構成をとったフランス風序曲が多く作曲された。バッハの管弦楽組曲(第3番第2楽章が「G線上のアリア」として有名である)も原題はOuvertureである。
フランス風という言葉があるのなら、他の国の序曲もあるのではないか。事実、ナポリ楽派というグループが始めたイタリア風序曲が存在する。こちらは速いテンポとともに始まり、ゆっくりな部分を挟む急緩急の構成である。このイタリア風序曲は当時声を伴わない器楽曲を意味する言葉、Sinfoniaの名前で呼ばれた。
このSinfoniaこそが我々が今知る交響曲、symphonyの先祖である。イタリア風序曲が各国に輸入されるにつれて、急緩急の3部分を連続で演奏するのではなく、3楽章に分割する作品が登場した。さらに、オーケストラという団体が独立するにつれて、オペラの序曲などを独立して演奏することが増えてきた。前期古典派の時代(18世紀頃)において、交響曲の原型が示される。
さらにベートーヴェンの師匠でもあった作曲家、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンが交響曲にメヌエット(当時流行したゆっくりとした宮廷舞曲)を採用し、今我々が知る4楽章からなる交響曲が完成したのである。
だが、まだ交響曲はオーケストラが演奏する多楽章作品以上の意味は持たなかった。決定的に交響曲が交響曲となったのは、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調が登場してからである。
本作品でベートーヴェンは冒頭の動機が全楽章を支配する「構築性」、第3楽章と第4楽章を接続したこと(アタッカという)、そして苛烈な1楽章のハ短調から勝利のハ長調へと至る「物語性」の提示など、数々の革新性を示した。E.T.A.ホフマンによって「ロマン主義の到来」と讃えられた本作品は、文字通りのちのロマン派交響曲の手本、理想となったのである。

さて、Ouvertureの方はどうなったのであろうか。こちらもオペラなどから独立して演奏されるようにはなったものの、Sinfoniaのように複数楽章に分割されることはなく、代わりに独自の進化を遂げることになった。それにはやはりベートーヴェンが関わっている。
彼は多くの劇音楽・序曲を作曲したが、それらはただの開始の合図ではなく、物語の進行・結末も予告する充実した内容を伴っていた。ここから、「特定の状況や雰囲気を描く」演奏会用序曲というジャンルが発生したのである。
このジャンルを得意としたのが初期ロマン派の作曲家、メンデルスゾーンであった。「フィンガルの洞窟」はソナタ形式に忠実に従っているが、スコットランド北部の風景を忠実に再現していると、周囲からも評価された。メンデルスゾーンの序曲は後世にも強い影響を与えており、「リエンツィ」序曲を作曲したリヒャルト・ワーグナーも「フィンガルの洞窟」を称賛している。


このように、symphonyもovertureも序曲から始まったため、実はよく似たものである。例えばイタリア語ではオペラの序曲も交響曲も同じsinfonia で呼ばれるし、古典派の交響曲が“ouverture”という名前でプログラムに載せられることも多かった。厳密に定義された言葉でもないため、劇音楽「エグモント」が作曲されたとき原作者ゲーテから「勝利のシンフォニー」で劇全体を締めくくれ、と指示されてベートーヴェンが作曲した部分は、わずか2分ほどの音楽である(ちなみに、これは「エグモント」序曲を作曲するときにへ長調のコーダとして再利用された)。

唯一確実に言えることは、交響曲と序曲は、どちらも我々オーケストラにとって欠かすことができない大切なレパートリーであるということだ。

 

参考文献 

Jan Larue, Eugene K. Wolf, Mark Evan Bonds, Stephen Walsh and Charles Wilson,”Symphony”, Grove Music Online, Oxford university press, https://www.oxfordmusiconline.com/grovemusic/abstract/10.1093/gmo/9781561592630.001.0001/omo-9781561592630-e-0000027254

Nicholas Temperley, “Overture”, Grove Music Online, Oxford university press, https://www.oxfordmusiconline.com/grovemusic/abstract/10.1093/gmo/9781561592630.001.0001/omo-9781561592630-e-0000020616?rskey=tsHH6L&result=2

ポール・グリフィス著,小野寺粛, 石田一志訳 『文化のなかの西洋音楽史』, 2017年7月,音楽之友社.